体罰と指導の境界線

 

2019年、自衛隊体育学校で50代の男性教官が「女性隊員の容姿を誹謗中傷した」という理由で20代の男性隊員3人の顔を平手打ちするという事件がありました。

 

この事件で男性教官は減給の懲戒処分を受けています。

 

皆さんはこのニュースをどう思われますか?

 

ネット上では「処分は当たり前」「教官は正しいことをした」など賛否両論の意見がありました。

 

僕は100%隊員が悪いと思いますが、最近では体罰と指導の線引きが非常に難しくなっているので判断は難しいですよね。

 

そこで今回は「体罰と指導の境界線」を考えていきたいと思います。

 

体罰と指導

 

まず初めに体罰の参考事例をご覧ください。

 

文部科学省 学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例

 

この参考事例の中で、

・「授業態度について指導したが反抗的な言動をした複数の生徒らの頬を平手打ちする」

 

「児童が教員の指導に反抗して教員の足を蹴ったため、児童の背後に回り、体をきつく押さえる。」という部分に注目してください。

 

この二つの参考事例はどちらも生徒が教師に対して反抗しています。

 

しかしながら前者は体罰になり後者は体罰にはならない。

 

この二つの決定的な違いは“生徒からの暴力行為の有無”です。

 

そしてこれが「体罰と指導の境界線」になるのではないかと思います。

 

「生徒から暴力行為があった場合は有形力を行使しても体罰にはならないが、それ以外はいくら生徒が反抗的な態度をとっても手を出したら体罰になるよ」ということですね。

 

ただし“防衛のため”なので「殴られて頭にきたから殴った」というのは体罰扱いされると思います。

 

あくまで“有形力を行使しないと抑えることが出来ない”という状況のみです。

 

体罰を逆手に取る生徒

 

先程書いたようにいくら生徒が反抗的な態度をとっても手を挙げてしまえば“体罰”になります。

 

が、それを逆手にとって“生徒がわざと教師を煽るような言動をとって手をあげさせ「これは体罰だ」と問題にするケース”も多く起きています。

 

町田高校で起きた体罰なんかがいい例でしょう。

 

このようなケースをどう防ぐかがこれからの問題だと思います。

 

僕が学生時代の頃は宿題を忘れたり授業中に寝ていれば普通にバシッとする先生がいました。

 

現在ならもちろん体罰で問題になるでしょうね。

 

しかし、その先生がいたからこそ他の先生の授業などでも“騒ぐとあの先生が来るから静かにしよう”という気持ちになり真面目に授業を受けました。

 

良くも悪くもその先生が抑止になっていたんでしょうね。

 

体罰を厳しくと取り締まることも大切だと思いますが、それをいいことに調子に乗ってしまう生徒を指導できる方法も考えなくてはいけないのかなと思います。

 

まとめ

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

 

世の中の人は「体罰」と一括りにしていますが、僕は「指導的体罰」「感情的体罰」があると思っています。

 

指導的体罰は生徒に非があり教師も正当な理由による体罰。

 

感情的体罰が教師の一方的な感情により行われる体罰。

 

後者は即刻なくなるべきですが、前者は必要なものなのではないかと思います。

 

しかし体罰の感じ方は人それぞれ。

 

自分に非があっても「体罰」と感じる人もいる。

 

現在の教育現場は非常に難しいですね。

 

このままでは教師をやる人がいなくなってしまうかもしれないですね。

 

以上、クーでした。

 

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