体罰と指導の境界線

 

近年、日本では「体罰と指導の線引き」が非常に難しくなっています。

 

自分は指導のつもりでも、一般的には「体罰」として扱われてしまう場合もあるようです。

 

この記事では、そんな体罰の指導の境界線を紹介していきます。

 

体罰と指導の境界線

 

まず初めに、以下のリンクより体罰の参考事例をご覧ください。

 

文部科学省 学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例

 

この参考事例の中で、

「授業態度について指導したが反抗的な言動をした複数の生徒らの頬を平手打ちする」

「児童が教員の指導に反抗して教員の足を蹴ったため、児童の背後に回り、体をきつく押さえる。」

という部分に注目してみてください。

 

この二つの参考事例は、どちらも生徒が教師に対して反抗しています。

 

しかし、前者は体罰になり、後者は体罰にはならない。

 

この二つの決定的な違いは“生徒からの暴力行為の有無”です。

 

そしてこれが「体罰と指導の境界線」になるのではないかと思います。

 

「生徒から暴力行為があった場合は有形力を行使しても体罰にはならないが、それ以外はいくら生徒が反抗的な態度をとっても手を出したら体罰になる」ということです。

 

直接、指導できるのは、あくまでも“有形力を行使しないと抑えることが出来ない”という状況のみです。

 

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体罰と指導の境界線まとめ
  • 反抗的な言動をした生徒を平手打ち→体罰と判断される
  • 指導に対して生徒が足を蹴ったため、体を押さえつけた→体罰ではない
  • 「有形力を行使しないと抑えられないか」が判断の目安

体罰の現状

 

上記したように、教師が有形力を行使できるのは限られた場面しかなく、それ以外は全て“体罰”です。

 

しかし、現状では、それを逆手にとって“教師を挑発する生徒”も出てきています。

 

2019年に、町田高校で起きた体罰などがいい例でしょう。

 

もちろん、いかなる場合でも、教師が生徒に対して暴力を振る行為は許されませんが、このような事件を“暴力はダメ”という一言で解決してしまうのも、いかがなものかと思います。

 

もちろん、教師からの一方的な体罰は、即刻無くなるべきです。

 

しかし、“廊下に立たせる”といったような罰はあってもいいように思います。

 

例えば、以下のようなパターンです。

授業中、複数の生徒が騒いでいたので繰り返し注意をした。

 

しかし、それでもやめなかったので該当する生徒を廊下に立たせた。

 

恐らく、このパターンでも“肉体的苦痛を与える”“授業を受ける権利を侵害する”という理由で体罰とみなされるはずです。

 

注意しても騒ぐのをやめない、つまりは“授業を放棄”しているのにも関わらず、生徒が授業を受ける権利を主張すれば、体罰となってしまいます。

 

さすがに、これでは教師が気の毒です。

 

他の生徒の授業を妨害している訳ですから、退室などの対処はあってもいいように思います。

 

生徒を体罰から守る対策があるのなら、生徒の暴言や侮辱から教師を守る対策も考えるべきでしょう。

 

まとめ

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

 

メディアでは、教師の体罰ばかり取り上げられていますが、個人的には生徒の反発に対する抑止策も重要だと考えています。

 

体罰・生徒の反発に対する抑止策、今後はこの2つをバランスよく考えることが大切でしょう。