体罰は本当にダメなことなのか?

 

世間を騒がせている「体罰問題」

 

特に、先生が生徒を殴るシーンがツイッターに投稿され炎上した都立・町田総合高校の体罰問題は記憶に新しいでしょう。

 

しかし、体罰は本当に悪いことなのか?

 

今回は「体罰のあり・なし」について考えていきたいと思います。

 

※すべて個人の見解によるものです。

 

僕の意見

 

僕の意見としては体罰はありだと思います。

 

理由は「善悪の区別をさせる為」

 

僕の小・中学校の頃は悪いことをすると普通にビンタをしてくる先生はいました。

 

僕も何度かビンタをされたことがありますが「体罰」と思ったことはありません。

 

自分が悪いことをしたのだから制裁を食らうのは当たり前のこと。

 

また、そのような制裁があったからこそ「やっていい事と悪い事の区別」がつけられるようになったと思っています。

 

しかし何の理由もなく暴力を振るう体罰は勿論、ダメだと思っています。

 

先生と生徒の地位逆転

 

先程も書いたように僕が子供の頃の教育現場は生徒<先生でした。

 

でも現在の教育現場では問題になる事を避ける為、厳しく指導することがないので生徒>教師という風に権力の地位が逆転しているように感じられます。

 

だから町田総合高校のように生徒が教師に舐めた態度をとってしまう。

 

しかし怒ると問題になる。

 

この悪循環に陥っている為、現在の教育現場では先生が苦労する立場にあるんです。

 

怒られる経験をしないで社会に出ると、、、

 

先程の悪循環は社会に出ても悪影響を与えます。

 

社会に出てミスをすれば当然、怒られる。

 

しかし「怒られない教育」で育った人は少し怒られただけで苦痛に感じて会社を辞めてしまう。

 

これが「今の若者はすぐ辞めてしまう」と言われている原因だと考えています。

 

また「怒られない教育」を受けた人間が上司になり部下ができた時、当然のことながら怒り方は知らないわけです。

 

そうすると間違った指導(体罰)が起きてしまうんです。

 

これは教師にも言えることでしょう。

 

そもそも体罰かどうかは当人が決めること

 

ここまで色々書いてきましたが、体罰って結局は受けた本人がどう感じるかですよね。

 

過去にジャズ・トランペット奏者の日野さんが中学生にビンタをして体罰と問題になりましたが、あれだって受けた中学生が「自分が悪い」と謝罪しているのに周りが勝手に騒いでいるだけ。

 

何故、本人が「体罰ではない」と言っているのに周りが「体罰だ」となるんですかね?

 

体罰かどうか決めるのは第3者ではなく受けた当人です。

 

まとめ

 

最後までご覧いただきありがとうございます。

 

今は廊下に立たせただけでも体罰と騒ぐ時代ですから先生は大変ですね、、、

 

悪い事をして廊下に立たされた→体罰だ

 

この考えになること自体が僕には理解できません。

 

仮に自分の子供が同じ状況になっても「お前が悪いから立たされた」と言えますね。

 

それが今の一部の親は「自分の子は悪くない」の一点張り。

 

子供がかわいそうですよね。

 

また「体罰は不適切な教育」という表現を目にしたことがありますが、「怒らない教育」も十分に不適切な教育だと思います。

 

何が正しい教育なんですかね?

 

以上、クーでした。